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◎悪性リンパ腫回想記・・・自家造血幹細胞移植について★★

2015/02/13 19:50
私が20歳の時に経験した悪性リンパ腫の経験談の続きで


少しでも 皆さんにどういうものか理解して頂きたかったので
『自家造血幹細胞移植』について投稿しますねぇ~(*^▽^*)



自家造血幹細胞移植は、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、一部の白血病の患者さんに限って行われる治療です。

自家造血幹細胞移植は通常の抗がん剤治療の強度を強めていく延長線上に位置づけられる治療法で
移植した細胞が働きだすまで1~2週間ほどは白血球の少ない時期が続き、感染症にかかりやすくなります。

また大量の抗がん剤投与による副作用として粘膜、肝臓、腎臓、心臓などに障害が発生します。
これらは時に生命を脅かす合併症に至る可能性があります。

骨髄を採取保存するためには全身麻酔を行うなどの負担が大きいことから、
現在は、自家骨髄移植はほとんど行われず、末梢血幹細胞移植が大部分になっているそうです。

000672_02.jpg


☆☆自家造血幹細胞移植の流れ☆☆

1) 骨髄移植のために、骨髄を採取します。

骨髄採取術は全身麻酔下で、両側後腸骨より数十回の穿刺により行われます。

000672_03.jpg

自分の細胞を予め保存(マイナス何十℃という特殊な冷凍庫に凍結)しておいて、大量の抗がん剤投与後に移植します。

あくまで自分の造血幹細胞のため、免疫抑制剤の投与は必要ありません。



2) 治療前の検査と処置

自分の体が、強力な治療に耐えれるかどうかを判断する目的で検査を行います。

内容は、
一般血液検査(肝機能,腎機能,各種ウィルス感染症の有無等も含む)
動脈血液ガス検査
骨髄穿刺検査
尿・便検査
心電図・心臓超音波検査・胸腹部レントゲン検査
呼吸機能検査等です。

移植後の管理をスム-スに行なうために、頚部あるいは鎖骨下の静脈より点滴ル-トをとります。

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【25年前に入れた、点滴ルートの《痕》は今でも私は残っていて・・・】
私の《トレードマーク♡♡》です( `ー´)ノ

その他、移植後は免疫力が低下するので、移植前に他の病巣がないかどうか
他科で診察します。

肛門の痔等を外科
虫歯等を歯科
耳鼻咽喉の炎症を耳鼻咽喉科
など専門的に調べます。

もし異常が認められた際には移植前に治療をする必要があります。

今までは問題にならなかった、チョットした隠れた病気が悪化して致命的となることがあるからだそうです。

以上の検査で、重篤な合併症を認めた時には 移植は延期あるいは中止する場合があるそうです。
骨髄移植が逆に命取りとなり得るからです。


3)無菌化処置 

人は通常多数の細菌,ウィルス,真菌,原虫等が共存しています。
(これを、常在菌といいます)

常在菌は、通常の免疫力下では人体に対して何ら影響を及ぼす事はありません。

しかし、移植後の免疫不全の状態下では
人体の各臓器に重篤な感染症を起こす可能性があります。

そのため体の無菌化が必要となります。

全て抗生剤を含んだ点眼薬・うがい薬・吸入薬・内服薬を使用します。

うがい薬により口腔内
吸入薬により気管,気管支,肺
内服薬により食道,胃,腸

をそれぞれ無菌化します。


また、食事も無菌食(゚Д゚;)となります。

無菌状態のものしか食べれません(>_<)

フルーツは、缶詰や皮を剥いて食べる物
魚貝類等の生物は絶対禁止です
水分もその都度開封するものに限ります(1.5リットル等の大きなペットボトル等は禁止)


4) 造血幹細胞移植前処置     

移植の前には、超大量の抗癌剤投与を行ないます。
体内の悪性細胞や機能不全の骨髄を徹底的に根絶するためだそうです。

その治療のことを移植前処置(以下,前処置と略します)といいます。
前処置は、移植の8~9日前より行ないます

かなり強力な治療であるため吐き気が強く出現します。

《私の場合・1日27回~30回 もどしていました(*ノωノ)》
【1日最高何回までいくか・・・記録に挑戦!!と言って数えていたので覚えています。】

前処置で投与される超大量の抗癌剤は、
致死量をはるかに超えているため、
投与後放置すれば必ず死亡するそうです。

【こんな事・・・今知りました・・・・(゚Д゚;)??】

正常の細胞も含めて骨髄細胞が根絶するからだそうです。
したがって、前処置を開始したならば途中で中止は出来ません!!
その後必ず移植しなければ・・・・・

致死的となってしまうからです(*_*;
 

5)無菌室入室

移植後の免疫不全の状態下では、日常一般生活で避けられない大気中等の
細菌・ウィルス・カビ(真菌)・原虫等に対して
抵抗力がなくなるため、容易に感染し肺炎など重篤な感染症を合併しまうす。

そのため移植前より移植後白血球数が2000/mm3以上になるまでの約2~4週間

【無菌室=個室の中はテント張り・・・面会はガラス越し】
    
images (1)

【鎖骨から入れた 巨大点滴ルートに繋がれた生活の始まりです。】

6) 造血幹細胞移植当日     

事前に凍結保存してある造血幹細胞は、移植当日に解凍するそうです。
解凍後は輸血のように、入室前に入れた点滴ルートが大活躍!!

【無菌室生活は、まるで鎖に繋がれた『わんこ』と同じ・・・(*ノωノ)】
**この日から、少しはワンコの気持ちが分かった気がしました。


7) 移植後の管理と検査  

血液細胞は常に体内を巡っている組織なので、常時変動しています。
特に骨髄移植後は、その血液細胞の増減がとても重要です。

従って、血液検査は原則的に毎日。

同時に私の大嫌いな 骨髄穿刺(マルク)検査も、
頻繁に有ります(*ノωノ)

また合併症の早期発見のため、
肝・腎機能検査
動脈血液ガス検査・凝固能検査
尿検査・各種培養検査
ウィルス抗体価検査も頻繁に有りました。

無菌室退室後は、
心電図検査・胸部レントゲン検査・胸部CT検査 などを行ないます。

また、造血幹細胞を入れ替える治療法であるが故に
白血球減少&赤血球減少&血小板減少も必ず起こります(*ノωノ)

だから・・・・

輸血はまず避けられません。


8) 退院後の生活管理と社会復帰

経過が順調であれば、移植後20~30日で退院となります。
しかし合併症の併発等で、入院がさらに長期間となることもあります。
退院後は外出する際には、マスクを着用し、できるだけ人込みは避けるように指示を受けました(>_<)

【私の場合大学復帰は、退院後1ヵ月後でした。】

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【退院の日に、お世話になった無菌室と看護師さんとの記念の1枚でーす(^_-)-☆】

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【とってもお世話になった 当時の研修医Dr.
今はIPS細胞の山中教授と一緒に、京大で教授をされながら研究されています(^_-)-☆】

《今でも、Drとは交流があります(*^▽^*)・・・だって命の恩人だもん☆彡》


以上が、私が経験した・・・自家造血幹細胞移植の流れです。

受けられる皆様に・・・・・


骨髄移植は高度な治療で、一筋縄にはいかないこともしばしばあると思います。
肉体的にも精神的にもかなりの苦痛を伴う内科的治療だと思います。

けれど・・・

病院のスタッフの方々・応援してくださる家族や御友人達

患者さんご自身と共に一丸となって乗り切って下さい。


長々となりましたが・・・

つたない文章を最後までお読み下さって

本当に ありがとうございました(*^_^*)

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◎悪性リンパ腫・・・回想記 一時退院 (*^_^*)/◎

2015/01/27 17:33
大学3年のゴールデンウィークを向かえる頃に・・・

抗がん剤の治療がお休み期間中に 一時退院しました。
大学へは、2年の夏休みからずーと休学中だったので・・・

履修だけは、遅れている教科をなるべく取って・・・

前期の単位と、前学年の単位を取るために 学校に詰めて行くようにしました。

さすがに、髪の毛と眉毛の抜けきった私を見て 学友たちは気を使っていましたが・・・

DSC_0103.jpg
     ⇑ ⇑
この写真は 一時退院して 大学のお休みの時に
久々に実家に帰省した時の写真でーす☆彡
眉は・・・眉墨で・・・書いちゃってマース(@^^)/・・・あしからず・・・(*^▽^*)

教育学部・体育専攻の私達!!!

パワフル感全開です( `ー´)ノ

フニャ・フニャ言ってたら・・・実技の単位なんか取れやしません(*^▽^*)

毎日・毎日7月末の夏休みから又スタートする治療の為に・・・

今度の夏休みは・・・自家骨髄移植をする事になっていました(゚Д゚;)

体力作り(大学時代は陸上部所属)と 
遅れた前年度の単位を 下の学年の後輩達と一緒に授業を受けるので
とても、充実した 2ヶ月間を過ごしました(^_-)-☆


IMG_20150103_144237.jpg
       ⇑ ⇑
上記写真は、レクリエーション実習の為 
学友達と 岡山の大山
に行っている時です( `ー´)ノ
(写真 真ん中が 私でーす (*^▽^*)V)



ある日・・満員電車の通学の時
ウィッグ(母の買ってくれた 高級かつら)を着けて通学していた私(@^^)V

長かったせいもあり・・・
隣に立っていたオッちゃんとぶつかって・・・

ウィッグが な・な・なんと・・・ずれちゃいました・・・(゚Д゚;)

気の毒だったのは・・・
それをタマタマ見ていた、いつも会っていた幼稚園に通っていた女の子(*_*;

ママに
「ママ!!あのお姉ちゃんの髪の毛・・・・(゚Д゚;)」 

「ダメ! しー(-。-)y-」 
てママさんに 睨まれていた女の子(*ノωノ)

思わず私は、女の子に

「ごめんね~(*ノωノ) ビックリしたなぁ~」
「お姉ちゃんって分かってくれたんやぁ~ ありがとうねぇ☆彡」
「今度からは、ビックリ(@_@)せえへんように・・帽子にするなぁ」

と約束して・・・この日から通学時は 帽子をかぶっていく事にしました。

これもしばらくしたら・・・私の笑い話となりました(^_-)-☆
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◎悪性リンパ腫 回想記・・・妹からのサプライズ◎

2015/01/23 12:33
大学3年を向かえる4月☆☆

抗がん剤治療をしていた私は、免疫力も落ちて感染しやすいと言うことで
お刺身などの生のも・アイスクリーム・生クリーム・皮のないフルーツなどは食べれませんでした。

そんなある日♬♬

3歳年下の妹が、父と一緒に香川から船に乗って
日帰りでお見舞いに来てくれました。

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彼女も受験生になり、本当なら両親の元、受験勉強に集中する年でしたが・・・

なんせ、母は私の看病のため大阪にでてきています。

家に残っている・父や兄の食事や洗濯などの家事は 妹が担当!!

彼女は、高校に入学してから、部活の活動中にひどい捻挫をしたため、
足首の靱帯を伸ばして2度も手術をしていました。

けれど・・・当時の両親は、私の方に付きっきりで、
妹は、1人での入院生活を2度もしていたのに・・・

私を喜ばせるために・・・

お見舞いに来る事も内緒にしていて・・・
前日から手作りで、私が食べれるようにと
手作り感満載のタルトケーキを
作って持って来てくれました\(^o^)/

生クリームがダメなので・・・・カスタードクリームにして(*^o^*)
イチゴがダメなので・・・・缶詰めのフルーツを乗せて(≧◇≦)

病院に着いた時には、カスタードクリームが箱の周りに付いて
形も崩れていましたが・・・

妹からのサプライズに感動して、
美味しくみーんなで分けて(病室のおばちゃん達)食べました\(^o^)/


妹とは、子供の時から何時も一緒♬♬(*^o^*)♬♬

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兼業農家だった実家は、両親が帰って来るのは夜遅くなります。

だから、夕方になると、家族の夕食の準備は・・・私の担当(*´∀`*)ノ
『五右衛門風呂』だった薪での風呂たきは・・・妹が担当\(^o^)/

と、小学生の時から
『あーでもない!こーでもない!』
時には喧嘩をしながら、家事をやっていた私達(*≧Δ≦)

今でも、自分の事のように私の事を心配してくれる妹(≧∇≦)b

本当に感謝です(*≧Δ≦)

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その、たまたま妹が 私を喜ばせるために来てくれ日に・・・

Dr.から、
『来週から一時退院しようかぁ~』

『約2ヶ月後 再度治療入院しなあかんけど・・・』

と言ってもらいました。

両親と妹と一緒に、妹の作ってくれたケーキが
お祝いのケーキ♡♡となった日でした(*´∀`*)ノ

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◎彼との別れの後に・・・人の優しさを知る 後編◎

2015/01/11 11:59
Dr.が仮眠室に向かって行った後、私は・・・・??と思いながら
暗くなっている1階の正面玄関に向かいました(ΦωΦ)

その時になると、???の気持ちが一杯で、それまで目を腫らしていたのに
彼との4年間が終わった事は忘れかけていました(*≧Δ≦)

暫くすると、白い車が私の前にやってきて

『お待たせ~\(^^ )  乗って(*^o^*)』


とDr.が言って下さったので 助手席に乗りました。


車は動き出し、直ぐに高速道路の入り口を通って行きました(*≧Δ≦)


周りはもう真っ暗☆☆

けれど、さすがに都会の大阪です。
ビルとビルの間を高速道路が走り、高層ビルが立ち並び

まだまだビルでは仕事をされている方は大勢居るようで
あちらこちらに電気がついていて・・・・


大学で、大阪に出てきていてた私ですが、
毎日毎日 学友会の陸上部の練習に明け暮れていたので
ドライブということをしたことが有りませんでした(*'▽'*)

だから、車から見える大都会の夜の光景は 田舎者の私にとって
目を疑うような素敵な景色でした。


Dr.は、少しずつテンションが上がってきている私を察したのか

同室のおばあちゃんの事を、明るく話出しました\(^^ )


大阪の阪神高速環状線を走っている車は、暫くすると
右手に方向に《通天閣》がすぐそこに大きく見えてきました。

『わぁ~通天閣やぁ~('-'*) 初めて見たぁ(*^o^*)』


と私が言うとDr.が

『えー??見たこと無かったんかぁ・・・・??』
『これから、
まだまだ色んな所を見る事が出来るぞぉ(*´∀`*)ノ』



と言っただけで・・・

さっきまで何故泣いていたのか・・・??
どうしたんやぁ・・?

という事は、一切触れないで、ただ ただ 普通の話をしてくれました。(≧∇≦)b



約30分のドライブを終え病院に帰ってきました。


結局 Dr.が用事があったのでは無く・・・・

私が凹んでいるだろう!!と思って元気付けのために連れ出して下さったのでした(*≧Δ≦)


後で聞いた事ですが・・・・
看護婦さん達と皆で話して決まった。
ということでした(*'▽'*)


彼との別れは、決して平気では無かったけれど・・・・

それ以上に


人の優しさを感じさせて頂いた夜でした(≧∇≦)b



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【わんこも・・・思いやり\(^o^)/】

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◎彼との別れの後に・・・人の優しさを知る 前編◎

2015/01/10 18:50
 彼と4年間の別れを告げた日に・・・

同室の、おばあちゃんの研修医をしていたDr.が
詰め所の前においてある、長椅子にずーと座ったままで
真っ赤に目を泣きはらした私に、声を掛けて来てくれました。

『今日は、数値(血液検査)も悪くないなぁ~(*^o^*)』

何で 担当医ちゃう先生が、私の血液検査の結果の数値を知ってんねやろぉ~??(ΦωΦ)
と思いながらも

『あ~(・_・;)そぉ~なんですかぁ~ヾ(・ω・`;)』

と素っ気ない、空返事をした私・・・・( -_-)

だって、毎日採血をしていても、検査結果なんか聞いたこともないし・・・

それに、なんてったって・・・

ついさっき、4年間付き合っていた彼と別れたばかりで、


似合わないけど・・・(@_@)


ちょっとセンチになっている自分に浸っていたから・・・(≧◇≦)

と、その時 Dr.が

『ちょっと、出かけようかぁ・・・\(^o^)/』

と言ってくれました。

『先生・・・?もう8時(夜)過ぎてんでぇ~(@_@)』

?????となった私(゜◇゜)

お見舞いに来ていた人達もみーんな帰ってしまって、病院内は静まり返っていました。

夜の病院は、大阪大学附属病院がとっても古かったせいもあるけれど
活気もなく・暗くて・ちょと薬品臭い匂いが、より一層感じられ
あまり、快適な空間ではありませんでした。

『先生も今仕事一息着いてるし・・・・ちょっと行きたい所が有るから正面玄関で待ってて~(*^o^*)』

と笑いながら、研修医Dr.達の仮眠室に向かって行きました。

次回につづく・・・・


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【春先の夜・・・彼と分けれたけれど・・・】

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【思いやりを頂きました\(^o^)/】
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プロフィール

  ふわふわ
人生色々あるさ~(((*゜▽゜*))) けど・・・挫けない・へこたれない・腐らない。生きてることが丸儲け(≧∇≦)bをもっとうに、明るく・楽しく・元気一杯に毎日3匹のわんこ達と一緒にポジティブライフを過ごすようにしています。

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